No.474◆「消齢化」と「年寄りの冷や水」 ― さて、私が採る行動は?

 

◇事務局・石川由紀が折々を綴っています。◇ 

 

5日、東京に「大雪警報」が出ました。明日はルーチンワークの早朝ウォーキングは「パスね」とニンマリ?(矛盾していますが、たまにはお休みも欲しいのが本音。) 

 

6日朝、素晴らしい雪景色! 早起きさんの私はマンションの玄関から道路までの通路を作っておくのが私なりの長年の心遣いのつもりでした。が、今回はパスしました。理由は「年寄りの冷や水」と言われる年になったから。何しろ私はここの最年長。一番年下は小6の男の子。引退をしました。

 

でも1時間半ほどして外を見たら、道を作った跡がありました。嬉しかったです。

 

ここに住むようになって45年余り、雪かきをするほどの降雪はあまりないのですが、雪除けは古屋住まいの頃からの習慣だったのです。が、高齢になった私がもしも心ならずも滑ったりずっこけたりしたところを見られたら、気の毒だの、申し訳ないだのと気を使わせてしまうと思うと、ね。

 

息子から電話がかかってきました。「まさかウォーキングには行ってないよね」と。「大丈夫よ。外には出てないわよ。ゴミの日だけど次まで溜めとくことにしたし」。2週間前に暗がりで躓いて、膝と手を傷つけていたので、いつものように雪除けの"お節介婆"をやって…と心配していたようでした。

 

20年前とさほど行動力が劣ったとも思っていない私は50・60代頃の服を、年齢を気にすることもなく平気で着ています。「どう? 似合ってる?」と訊きながらも。

 

先日新聞で「消齢化」という文字を見て"?" 早速検索をしたらありました。発信元は博報堂生活総合研究所。「消齢化」とは「生活者の意識や好み、価値観について、年齢による違いが小さくなっている」という世代の意識変化に関するキーワードだそうで、発表は去年のことだそうです。

 

同研究所は背景として、元気なシニアが増えるとともにデジタル化で「できる」ことが増えたこと、従来の常識や慣習など伝統的な考え方から離れる形で社会から「すべき」という固定観念が減ったこと、さらに生き方の選択肢が広がることで他の年代と好みや関心の重なりが大きくなった、といった要因を挙げています、と。

 

う~ん。言えてる…。只、頭と体に差ができているような気がする…。スマホの活用にもウロウロしている私やご同輩を身近に見ているので。頭と気持ちは「消齢化」に適合しているのですが、体力・能力はそれを追っかけるのに大変でして…。