No.449◆「年収の壁」はいつできたのか? 

 

◇事務局・石川由紀が折々を綴っています。◇ 

 

「年収の壁」の外側に出たくない既婚の人達が多数派なので、働き手不足の今、その人たちに「壁」の外側に出てもらうために「どうする?」、壁の内側を広げるために「どうする?」と政府は苦心惨憺しているようなので、その「壁」はいつできたのか、知りたくなり探してみました。

 

どうやら国民年金の「第3号被保険者」制度が始まった1986年4月に在るようです。国民年金の第3号被保険者の制度は、同年4月に始まりました。それまでは厚生年金保険や共済組合に加入中の人の被扶養配偶者は、国民年金に任意加入できることとされていたのです。(任意加入していなかった期間については、老齢基礎年金の受給金額には反映されないが、「合算対象期間」として、受給資格を得るために必要な加入期間には算入される。)

 

敗戦間際に生まれた私は家族のあり方がガラガラと移り変わっていく渦中を体験してきた世代。1947年男女平等を保障した日本国憲法が施行され、家族の形も"核家族"へ移行する時期に乳幼児だったので、国民の三大義務は「教育の義務」の恩恵から始まりました。義務教育が終了し、任意教育を受け、「勤労の義務」は会社員になり果たせることになりました。そして「納税の義務」も果たせることとなったのでした。

 

実家に親と同居していたので優雅な"パラサイトシングル"。その次は結婚退職して"扶養家族"になり、扶養家族手当や扶養家族控除の対象として、夫の手取りに幾分の貢献をしていたのでした。思い出しました。国民年金の「任意加入のお知らせ」の広報が届き、区役所へ加入手続きに行ったことを。福岡市在住の頃でしたから1975年前後だと思います。(1961年の改革「国民皆年金」で任意加入は導入済みだったようです。その頃は高校生で…。)

 

しかしその後気が変わって家事以外の仕事もしたくなり、会社員も経験しましたが、できるだけ厚生年金に入れない仕事を選び、国年年金一筋に。「第3号被保険者」にはならずに来ました。(遺族厚生年金を老後資金の一つとして意識していたので。双方が厚生年金だと…。)

 

年金制度は社会情勢と関連して年々改革(?)されてきています。注視して老後資金の計画変更もお考えになればと思いますが。

 

「第3号被保険者」厳守の皆さん、「人生百年時代」ですよ。配偶者を支える覚悟はできていますか? ご自身は支えてもらえそうですか? 家族であっても各々の「1人分の生活権」を先ずは考えてみませんか。頼りあうよりは支え合える方が安心ではないでしょうか。老婆心です。